能島村上氏の遺跡

更新日:2022年01月14日

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並べられている村上元吉の宝篋印塔と五輪塔の写真

市史跡

  • 所在地 竹原市竹原町124ほか
  • 指定 平成4年12月24日

鎮海山城跡・村上元吉宝篋印塔及び戦死者五輪塔
芸予諸島の要地、来島・能島・因島を拠点とした三島村上氏の中で最大勢力の能島村上氏は、天正13年(1585)秀吉の四国平定後の領地替えにより能島水軍城(愛媛県越智郡宮窪町)から小早川隆景の領地・竹原に移り、鎮海山城を本拠としました。
標高約90メートルの最高所を本丸として数段の郭と1ヶ所井戸跡があります。城跡の麓には、村上元吉の宝篋印塔と五輪塔10数基があります。
毛利氏の防長移封にともない、村上武吉は元武(元吉の子)景親(元吉の弟)、能島一族と共に周防屋代島に移りました。

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