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礒宮(いそのみや)(忠孝岩)

 県史跡

  • 所有者 礒宮八幡神社 
  • 所在地 竹原市田ノ浦一丁目6-8 
  • 指  定 昭和12年5月28日

   
 

 礒宮は、鎌倉幕府の御家人であった後藤実元が建久5年(1192)に豊前国宇佐宮から勧請したと伝えられています。

 もとは鳳伏山に建てられ,成井川が海に入る磯辺にあったので礒宮と呼ばれるようになり,実元の子孫代々の守護神であったと伝えられています。。

 その後,当時の神官であった唐崎正信によって万治元年(1658)に現在地に遷宮しました。正信は長男定信に礒宮を継がせ,以後代々唐崎家が神主を継ぐようになりました。

 定信は京都で山崎闇斎から垂加神道を学んで帰郷し,竹原の町人に広めるなど儒学者としても活動し,定信の後にも,唐崎家からは儒学者が輩出されています。

 境内の忠孝岩は,勤皇家でもあった唐崎家5代神主,唐崎常陸介が地元に人々に尊皇論を根付かせようとして,千引岩に宗の文天祥筆の「忠孝」の二文字を刻んだものと伝えられており,礒宮とあわせて県史跡に指定されています。


 
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