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唐崎常陸介之墓(からさきひたちのすけのはか)

 県史跡

  • 所在地 竹原市本町一丁目16-22 
  • 指  定 昭和17年6月9日
唐崎常陸介之墓

 唐崎常陸介(1737~1796)は江戸時代中期に活躍した勤皇家です。家は代々礒宮の神官であり,宝暦元年(1751)から宝暦7年(1757)まで伊勢の谷川士清のもとで7年間学んだ後,竹原に帰り子弟の教育にあたりました。

 宝暦事件(京都で公家に尊王論を説いた竹内式部が幕府に処罰された事件)に関連したとして,宝暦12年(1762)から31年もの間,閉門を命じられました。

 そうした幕府の圧力にもめげず,禁を犯しながらも高山彦九郎とともに京都や九州の同志の間を往復し,遊説してまわりました。
 しかし,同志の高山彦九郎が寛政5年(1793)9月に久留米で自殺すると,志のなりがたいのを嘆き,寛政8年(1796)11月16日,長生寺境内の先祖の墓前で切腹し,60才で亡くなりました。


 
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